うつ病とは心のエネルギーが極端に低下する結果、憂うつで物悲しい気分、何事にも興味や関心がわかず、喜びや感動を感じられない、活力が低下し疲れやすく、考えたり行動したりすることがとても億劫になるなどの症状を主な特徴とする精神的な病気です。
前の項目で挙げた他に、集中力や注意力の低下、自分に対する評価や自信の低下、自分には何の価値もなく、みんなに迷惑をかけているという過剰な悔やみや自責の念、将来に対する過度の悲観的考え、生きていても仕方がない、死にたいなどの自殺の観念、寝付けない、寝付いてもすぐに目が覚める、熟睡できないなどの睡眠障害、食欲減退と体重の減少などの症状がよく認められます。
うつ病の成因としては、主に以下の3つが挙げられます。
脳細胞同士の情報を伝えるための物質(神経伝達物質)の放出や代謝などに、生まれながらに不調を来しやすい体質があります。
一概に言えませんが、几帳面で完全主義的、律儀で融通が利かないといった性格傾向は以前からよく指摘されています。しかしそれとは別に、自尊心の傷つきやすさや、大切な相手に強く思い入れ、わずかな不一致にも過敏に悲観的反応を生じやすい性格傾向も認められます。
睡眠不足や過労を招くような労働や生活の環境、肉親や大切な人物、慣れ親しんだ家や土地、職場などとの別れや喪失体験は、うつ病の原因、あるいは体質や性格の素因を持った人にとって、発症の引き金になります。 3つの要因がさまざまに組合わさる中でうつ病は発症します。
他の多くの心の病も同様ですが、うつ病の診断は丁寧な問診に基づいて行われます。心理検査や画像診断はあくまでもその補助に過ぎません。
その過程で、「うつ病とは」に挙げた3つの主症状の2つ以上と、「うつ病の症状チェックに挙げた④〜⑩のうち2つ以上が、2週間以上にわたって認められた場合に、うつ病と診断されます。そのような、症状の有無に基づいて行われる診断は「症候学的診断」と呼ばれます。
これに対してうつ病がどのような原因、特に心理社会的背景、言い換えればその発症の背後にある、その人独自の筋書きの結果生じたのかを読み解くことを、「力動的診断」と呼びます。
症候学的診断はある程度マニュアル化された手順を踏めば、経験の浅い医者でもある程度下すことができます。しかし力動的診断に関して言えば、(精神分析的な)精神療法の訓練を十分に受けた医師でなければ、深く精度の高いものを見立てることは困難です。
うつ病の方を車にたとえて言えば、エンジンはしっかりしているし、ボディもへこんでいないし、タイヤもパンクしていないのに、残念ながらガソリンが切れかかった状態と言えます。
いろいろな理由で心のエネルギーを使い果たし、何とか走ろうと一生懸命アクセルを踏んでも、ガス欠で走れなくなっているのです。
ですから治療のためには、何をおいてもまず、十分な休養によってエネルギーをため直さなくてはいけません。会社や学校をしばらく休み、あるいは主婦の方であれば家事の負担を減らすなどして、たまり過ぎた心の疲れをとらなければなりません。
そのために職場や学校、家族の協力を得ること、つまり環境調整と休養が治療の基礎として必要です。
2つ目に大切なことは、薬による治療です。うつ病の場合、脳の中では神経細胞同士の情報を伝えるための物質の放出や代謝にアンバランスが生じています。
このアンバランスを元に戻すための積極的手段が、薬による治療です。軽い副作用を伴うことはあるものの、多くの方にとって有効で、何より即効性の期待できる重要な治療法です。
3つ目の治療方法は精神療法、俗にカウンセリングとも言われる心理的アプローチです。これは「うつ病の診断」の項目で触れた「力動的診断」に基づいて行われます。
どのようは性格的要因を基礎に、どのような環境的要因が引き金となってうつ病に陥ったのか、心がどのような葛藤や不安、そして傷つきを抱えているのか、なぜ何度も心がすり切れるほど疲れることを繰り返してしまうのか、再発を繰り返さないためにどのような生き方を選択して行けばよいのか、そういったその方ならではの個性的な心のあり方、人や社会との関わり方を深く見つめ直し、理解を深めることで、自分らしさ(パーソナリティ)に一定の変化や成長をもたらす治療法です。
性格的要因の大きなうつ病の方にとっては、より根本的な治療といえます。しかしとても残念なことに、日本の精神医学の現場では欧米と異なり、その必要性や価値が軽視され、精神療法を適切に行うための教育や訓練がほとんど行われていないのが実情です。
精神療法の十分な訓練を積んだ精神科医と出会うことが、治療の質を大きく変えることになります。尚、精神療法をどの時点で始めるかは慎重に見極めなければなりません。
心のエネルギー切れがひどい段階では、休養や薬の治療が優先される必要があるからです。
薬物療法の中心は何と言っても抗うつ薬です。既に述べたように、脳内の神経伝達物質のアンバランスを積極的に修正するためのものです。抗うつ薬には、その化学構造や作用の機序によりいくつかのグループがあります。
最も古いものは50年以上前に開発され、その後改良が加えられながら、今日も尚用いられているグループです。
憂鬱な気分や意欲低下の改善に優れた効果を発揮する、信頼性の高い薬です。但し口の乾きや便秘、ふらつきや、種類によっては眠気が出やすいことを理由に敬遠されることもあります。
よく使われる薬剤としては、トフラニール、アナフラニール、トリプタノール、ノリトレン、あるいは開発年代からは第2世代と呼ばれるアモキサンなどがあります。
口の乾きや便秘などを少なくする目的で改良された、第2世代と呼ばれる薬です。三環系の薬に比べて即効性が期待できますが、眠気は出やすいようです。
それを逆手に取って眠りを深くするために用いることもあります。よく使われる薬剤としては、ルジオミール、テトラミドなどがあります。
三環系や四環系の副作用を減らす目的で、うつ病に関係する脳神経系に選択的に作用するように開発された薬です。
確かに口の乾き、便秘、眠気、ふらつきといった副作用は遥かに少ないのですが、吐き気や食欲低下、性欲の低下などの副作用や、若い人を中心にイライラや衝動性を高めることが稀にあること、また減量や中止の際、一時的にせよめまいや頭痛が出ることがあり、慎重に調整する必要があります。
現在日本ではデプロメールあるいはルボックス、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロが用いられています。
抗うつ薬の開発の歴史の中では最新のグループで、SSRI同様、それ以前の薬で見られた副作用は少なく作られています。
しかしときに睡眠障害、頭痛、血圧上昇などを招くことがあり、その方の年齢や体調を考慮しながら慎重に調整する必要があります。
日本ではこれまでトレドミン1種類のみ使用されていましたが、つい最近サインバルタという新しい薬が発売されました。
胃薬としても使われることのあるドグマチールあるいはスリピリドという抗うつ薬があります。これまで挙げた他の薬の副作用はほとんどない穏やかな薬です。
特にうつ病による食欲低下などの消化器症状の改善には優れた効果を発揮します。 但し、若い女性の場合生理不順や母乳の分泌、年齢の高い人を中心に手足のふるえやこわばりが出ることもあります。
その他不眠や不安・焦燥感に対して、睡眠導入剤や抗不安薬が併用されることもあります。
以上のようにうつ病の治療薬には多様な種類があり、それぞれに長所と短所を持ち合わせています。それらを冷静に理解し、担当医とよく相談しながら、それぞれの方のそれぞれの状態や時期に合わせて調整を行うことで、よりよい治療効果が期待できます。