こころの丸窓(71)
特別寄稿<認知行動療法に期待できること>
早稲田大学教授 熊野宏昭先生

☞「心の丸窓」は心の杜の医師・心理師による心の診療に関するコラムです。

特別寄稿に添えて:ウィングを広げる

この度早稲田大学人間科学学術院教授、熊野宏昭先生より、認知行動療法について特別にご寄稿いただきました。
薬物療法とならび精神科治療で重要な役割を担う心理療法(カウンセリング)には今日、二つの大きな潮流があります。一つは精神分析的心理療法の流れ、もう一つは認知行動療法の流れです。前者はひとの心とそこにある苦悩を、無意識や、今ある心に刻み込まれた過去を含めて深く見つめ直し、自己理解を深める(洞察する)ことによって良き変化を手にすることをめざす営みです。後者については、この後熊野先生がたいへん分かりやすく紹介して下さいます。

心の杜は開院以来14年にわたり、精神分析的心理療法、あるいはその基礎を成す視点を診療の重要な柱に据えて臨床を展開して参りました。しかし残念ながら、それだけでは苦悩を抱えて来院される皆様の多様なニーズに適切にお応えすることができない場合があることもわかって参りました。それらのニーズへの対応を補うために、今日最も適したアプローチが認知行動療法であり、その実践は心の杜の悲願でもありました。

この度心の杜は、わが国の拠点の一つである早稲田大学人間科学学術院と密接に連携し、充実した認知行動療法のご提供を開始することに致しました。薬物療法を中心とする精神科診療と精神分析的心理療法に加え、優れた認知行動療法を相補いながらご提供する。心の杜はこの度ウィングを広げ、更なる良質な医療の提供に向けて羽ばたきます。

院長

認知行動療法に期待できること
早稲田大学人間科学学術院教授 熊野 宏昭

この度当クリニックでは、精神分析的心理療法に加えて、認知行動療法も活用していただけるようになりました。担当の心理師とともに私も全面的にご協力させていただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。この両方を本格的に実践しているクリニックは、他にないのではないかと思いますので、ぜひ必要に応じてご活用いただければと存じます。

認知行動療法の基本となる考え方は、私たちが日々生きているという現実を、習慣の側面から捉えるということです。習慣とはある環境の中で繰り返される「癖」のことですが、この癖が人を作り上げ、私たちの人生を織り上げていくと考えているわけです。つまり、日々どんな生活をしているかを見れば、その人となりをそれなりに知ることができるといった見方をしていることになります。

そして、さまざまなメンタルの問題(うつ病、不安症、摂食障害、心身症など)では、日々繰り返される思考パターン、行動パターンに、心を閉じて苦手なことを避けたり、自分の考えや感情に飲み込まれたりする悪循環が起こっていることが多いと捉えていきます。その悪循環を、日々の困りごとを一つひとつ丹念に解決する練習を重ねることで解きほぐしていって、セルフケアの力を高めていくための方法を、認知行動療法と呼んでいるのです。

私たちの今の生活があるのは、もちろんこれまでに生きて来た人生の歴史があるからですが、その歴史の中で、不幸にも周囲の大人との関係で心がうまく育たなかったり、トラウマを経験したりした場合は、それが今の考え方や行動の仕方に多大な影響を及ぼすことになります。そのような場合には、精神分析的な方法でもう一度自分の心を育て直すことがとても有効になります。

一方で、認知行動療法では、これまでの人生の歴史の影響が実際に現れるのは、日々の生活における思考パターン、行動パターンにおいてなので、現在の生活における困りごとにダイレクトに取り組んで行くことになります。それによって、過去は変えられなくても、これからの未来を自分の意思で選んでいけるようにしていこうという方向性を持っていることになります。

皆さんの一人ひとりにとって、どちらの方法がより合うかは、ケースバイケースで異なってきますし、担当の医師と相談することで、自ずから明らかになることも多いと思います。ただ、どちらの方法も、「今(現在)」が最も大切にされているという点では共通していると思います。治療者との間で、今この瞬間に生じる出会いの中で、皆さんの悩み事が解決に向かい、日々元気に生きていく力が得られることを祈念いたしております。