心の丸窓(70)
パンデミック文学をひもとけば

☞「心の丸窓」は心の杜の医師・心理師による心の診療に関するコラムです。

新型コロナウィルス感染がパンデミック化してかれこれ9ヶ月余りがたち、私たちがこの渦中にいることを実感しない日はありません。感染症文学の雄ともいえるカミュの「ペスト」についても話題になりました。今回はパンデミック関連の作品に、人の心を見てみましょう。

カレル・チャペックの戯曲「白い病」(1937年)は、未知の感染症が蔓延した架空の国家を描いています。ついにその国の独裁者が発症し、周囲から説得されて戦争をやめて治療体制を整えることになりました。しかしその時、群衆は戦争への熱狂によって不安をかき消そうとする群衆によって、治療の可能性が踏み潰されてしまいます。ここには心の丸窓(67)(68)に記された、集団が正気を失った有様が描かれています。

話題になったアルベール・カミュの「ペスト」(1947)においては、ペスト発生のために封鎖された街が舞台となっています。人々が不安や苦悩を抱えたままに現実に向かい、自身の手の届くことを行う様が、細やかに描写されています。私は心の丸窓(67)(68)stay calmを思い浮かべました。

ジョゼ・サラマーゴの「白の闇」(1995)は、感染症が死ではなく失明をもたらすところにユニークさがあります。視力を失った人々の集団の中で欲望と攻撃性が剥き出しになる中、どうやって正気を保ち続けるのか。そこには、既存の正解はなく、それぞれの思慮こそが最後の絆であるように感じられたのでした。

「ペスト」では、感染がようやく収まって人々がこぞって喜びを叫ぶ時が訪れます。しかし主人公の医師は、いつの日かまたこの病は蘇るという事実をひとり思い出すのです。

感染症の病原体のように、人の心の中の不安や狂気はひととき静まっても消えないものです。それでも、私たちが心を放棄せずに生き延びることは、できるでしょう。きっと。

 

(風蘭 記)