☞「心の丸窓」は心の杜の医師・心理師による心の診療に関するコラムです。
近年うつ病は、しだいに市民権を得つつあるようです。患者さんご自身が、書物やインターネット上の情報をもとに、「うつ病ではないかと思って」といって来院されるなど、一般の人々の間での認知度は確実に高くなりました。またうつ病を患った方に対する職域での対応も、十分な休養を保証したり、復職にあたってリハビリ出勤から始め段階的に慣らす期間を設けたり、発症を機に業務状況を適切に調整するなど、前向きで建設的なものに変わりつつあります。
ところで「うつ」と同じ気分障害に「躁」という病いがあるのですが、この言わば兄弟のような病いは、まだ「うつ」ほどにはよく知られていないようです。そこで今回はこの「躁」という病いについて、簡単に紹介しましょう。
「躁」は、とても大雑把な言い方をすると、「うつ」と鏡像のような関係にあります。精神的活力が低下する「うつ」とは正反対に、「躁」状態になると活力が異常なほどみなぎります。また「うつ」ほどにそれ単独で出現することは少なく、多くの場合は「うつ」の後、あるいはそれに先立って出現し、しばしばその双方の極の間を揺れ動きます。そのために「双極性気分(あるいは感情)障害」と診断される場合が圧倒的に多い病いです。またうつ病と診断されている方の中にも、丹念に振り返ってみると比較的軽い「躁」の時期が紛れ込んでいることが少なくありません。「躁」が「うつ」ほど「病い」として認識されにくい理由の一つは、躁状態にある方がうつ状態にある方のようには苦痛を感じないからだと考えられます。むしろとても元気で快調だと感じられるので、「病い」とは発想しにくいのです。どれくらいの方が一生の間に一度でもこの病い(双極性気分障害)を患われるか(生涯有病率)というと、わが国ではおよそ1000人に2人程度と言われています。これは欧米に比べて少ない数字です。活力が高まることにより、ときにそれは生産性、創造性を高める場合があります。例えば芥川賞作家であった故北杜夫さんの代表作『どくとるマンボウ』シリーズは、氏が躁状態の中で執筆した作品です。しかし、自覚的には爽快で至福感に満ちていても、それが常軌を逸した言動に駆り立て、うつ状態への転落、多額の借金、人間・職業関係の破綻など、さまざまな、そして重大な損失を招くことが少なくないため、「うつ」同様、早期の発見と治療が必要なのです。
ここで早期発見のために着目すべき兆候をあげてみましょう:
・やたら調子が良くハイで、周囲から「いつもと違う。やり過ぎだ」と思われたり、トラブルを起こすことが多くなった。
・いつもよりイライラしやすく、喧嘩や議論になることが多くなった。
・いつもよりはるかに自信がみなぎり、リスクを恐れなくなった。
・いつもより随分と短い睡眠でも平気になった。
・いつもより随分とおしゃべりで、早口にまくし立てるようになった。
・頭の中でいろいろな考えが次々と浮かび、頭の回転を自分でもゆっくりさせられなくなった。
・周りのことに気が散って一つのことに集中し続けられず、着実に物事を進めにくくなった。
・いつもよりはるかにエネルギーに満ち溢れていると感じ、やり過ぎるほど活動的になった。
・いつもよりはるかに社交的・外交的になり、例えば、時刻を気にせず、あるいは珍しい人にまで連絡を取るようになった。
・いつもより性的な関心が増した。
・いつもよりお金を使い過ぎたり、衝動買いが増えた。
(参照:Hirschfeld, RM.らによる2000年発表の論文)
「いつもより〜過ぎる」という判断は難しい場合もありますが、もしご自身に、あるいは身近な方に以上のような傾向が見られたなら、「躁」かもしれないと疑って、できるだけ早く専門家に相談しましょう。「元気」も「過ぎたるは及ばざるが如し」なのですから。
(カラマツ林の梟)