☞「心の丸窓」は心の杜の医師・心理師による心の診療に関するコラムです。
2月頃から春までは花粉症の季節です。アレルギー反応によって引き起こされる花粉症はスギなどのありふれた植物が原因なので、日本に住んでいればいつ発症してもおかしくありません。ですが、症状が出ても「私は花粉症じゃない」と認めたがらない人もいるようです。「風邪が長引いているだけだ」とクシャミをしながら言い張る人がいるというのも笑い話のようですが、何だか不思議ですね。
しかし、今年初めて発症する人を想定してみましょう。それまで何の症状もなかったのに冬が終わりに近づくと、鼻水、クシャミ、眼の痒みなど体調が大きく変化してきます。これは季節性の花粉に対する体のアレルギー反応だ、とすぐには気づかないでしょう。経験に照らして「風邪かな」と考え、栄養を摂ったり、休養したり、感冒薬を飲んだり、様子を見ようとするかも知れません。未知の経験に自分の従来の知識を当てはめて対応するのです。しかし、花粉症は改善せず、春になるほど飛散する花粉の量も増えて症状は悪化します。この辺で「これは花粉症かな」と気づき、医療機関を受診する人が多いでしょう。が、中には「いや、私は違う」と言い続ける人もいるでしょう。そこには「数ヶ月前まで健康だった」という過去の自分へのこだわりがあるかも知れません。ほとんど目に見えない花粉に対する体の反応がこんなにつらいアレルギー症状になる、という仕組みがつかみにくいせいもありそうです。
病気の因果関係は、古くなった刺身を食べてお腹をこわす、といったわかりやすいものばかりではなく、多くの病気では単純ではありません。今ある症状の原因を自分なりに理解するためには、知識と経験を基に説明を考え出すことになります。ですが、わからないものを説明する時、どうしても自分の思いが入り込む余地が生まれるものです。すると、「私はいつだって健康だ」「私は花粉症などという病気ではない」といった自己イメージや願望から、花粉症という事実は認識しにくくなります。そして、こうした心の動きは意識しないところで起こるので、現実に気づけないまま、症状が続くことになりかねません。
花粉症のトピックから、何だか恐ろしい話になってしまいました。しかし、仕事上の問題でも、家族関係や人間関係の問題でも、何か自分にはわからない事態が生じると、やはり、花粉症の例と同じように、気づかないうちに自己イメージや願望に添って理解して、現実が認識できなくなることはよくあるようです。そうすると問題に適切な対処もできなくなるので、苦しい状況に陥り、精神的な不調に繋がる方もいます。その場合は、精神科・心療内科で相談されることが、問題を見つめ直す手助けになります。
(鰯 記)