☞「心の丸窓」は心の杜の医師・心理師による心の診療に関するコラムです。
いよいよ今年も師走となりました。忘年会、クリスマス、仕事納め、大掃除等々と、この1か月間は忙しなく矢のように早く過ぎていきますね。今回は、私たちの時間感覚について書いてみたいと思います。人間が時間の流れを体験する仕方はその時々で変化します。さてでは、私たちの時間の感覚はどのようにして生まれるのでしょうか?
前回のコラムでは、生まれたばかりの赤ん坊の心が、母親の心の働きを介した相互交流によって成長していく過程が述べられました。そこで健康的に良い体験が積み重なれば、赤ん坊は「おっぱいが欲しくても待つ」ことに耐えられるようにもなります。そこに欲求の満足を「待つ」という時間の感覚が生じるのです。
また、冒頭に述べたように時間感覚の在り方は、その時々のその人の心の在り様に左右されます。一般的に時間は、「~~したい」という願望がかなえられる時には「早く」、そして願望の充足が「~~しなければ」という心の働きによって妨げられる時には「遅く」感じられると考えられています。また、歳を取るにつれ時間が経つのが早いのは、加齢によって「願望」が弱まり、結果的に欲求不満状態が緩和されるためです。師走が早く過ぎるのは、この時期には「願望」よりも「~~しなければ」という気持ちが強いためかもしれません。まさに「ゆりかごから墓場まで」、人間は生きている限り時間とは切り離せない存在です。時間感覚という視点から、人間の心の在り様をとらえてみるのも興味深いのではないでしょうか。
(MUSASHI:記)